品川から横浜、赤線地帯意味―品川から三島、町田赤線・青地払い下げ

青地・赤地に跨って建てられた中古住宅売買するには、その国有地部分を買取する必要があります。青地・赤地に似た言葉で青線・赤線という風俗街を意味するフレーズがあります。

江戸時代の東京日本橋から始まる「東海道」の道中の宿場には、品川、川崎、横浜から箱根を越えた三島まで、宿場とセットで赤線といわれる女郎街が続いていました。

青地

青地とは、《青線》ともいいます。元々、国有地であった水路や河川等の敷地であったものが廃止されて普通の土地になったものです。

青地は《無番地》の国有地ですが、河川敷などは登記所備え付けの公図では青く塗られているので、それらの土地を青地と呼んでいて、青地に住宅の一部が重なって建物が立っていることもあります。

青地のように本来、宅地にならない敷地内にある住宅を購入する場合。青地を国から払い下げて貰う手続きが必要になることがあります。

麻生区のブロッコリーの葉

青地農地

また、青地には青地農地というものもあります。青地農地は「農業振興地域内農用地区域内農地」、「農振農用地」とも略されます。

青地農地は宅地としては使えない、農業利用に特化されて、将来にわたり農地転用のできない土地のことです。

白地

青地農地に対応する言葉は、《白地(農業振興地域内農用地区域外農地)》といいます。公図上着色のない「白色」で、地番の記載のない区画です。

白地は、現況は山林・原野のこともあり、農地利用性が低く土地改良事業も実施していないため、農地以外への転用規制がゆるい土地です。

青田

赤地

赤地とは、赤線ともいい、登記所の公図で赤く塗られた土地のことをいいます。

道路や道路の敷地であった土地をいいます。道路という公有の土地、国有地なので宅地ではないのに、そこに住宅が建っていることもあります。

といっても、道路の上を丸ごと使用して戸建てやマンションがあるという意味ではありません。

赤地使用の土地建物の中古売買

建物の一部がちょっとだけ、何らかの理由で赤地に重なって建っているといったものです。この赤地使用はよくあります。

こういう赤地使用の土地建物の中古売買においては、赤地部分を国から払い下げてもらう手続きが必要となります。

赤地とは、元は道路であった土地を意味します。土地建物の売買では赤地は国から払い下げて貰う必要があります。

青線・赤線〔風俗業のエリア区分〕

土地の区分の〈青地・赤地〉を〈青線・赤線〉と呼ぶのだと記しましたが、一般に知られる〈青線・赤線〉は、昔の風俗街の名残のある地域の俗称です。

〈赤線〉は許可を得た売春街、〈青線〉は無許可の売春街だったかなと。

東海道は品川から箱根まで赤線地帯が続いていた

お江戸〈日本橋〉から静岡と神奈川の境の〈箱根山〉に向う東海道の沿道には、延々と風俗街がつながっていました。その流れで、昭和~平成時代に入っても〈赤線地帯〉の名残があります。

横浜中心街の空撮

お笑い芸人のケンドーコバヤシさんが〔風俗ネタの都市伝説〕を話す時に舞台にするのは〈五反田〉です。東京・神奈川以外の地方の人にとっては、〈五反田?〉と不思議に思うでしょう。

東京の地図を見ても、五反田は品川区の要所、ビジネス街です。こんなとこに風俗街あるのか?ケンコバってマニアだな、と感じるかもしれません。

でも、五反田・品川は落語の演目《品川心中》でも語られるように、江戸時代の女郎街のメッカ〈吉原〉の《2軍》的な扱いの場所であり、その名残りで今もけっこうな風俗街です。

東海道には風俗街が続いていると書きましたが、〈品川宿〉から神奈川に入るまでは、品川、五反田と〔底地人は毅然と借地契約を改訂しよう〕でも紹介しました、蒲田・大森の芸妓街(芸者の花街)・・・etc、が続きます。

川崎や横浜、町田の青線・赤線

多摩川を越えて神奈川に入ると川崎・堀の内があり、ここら辺は今でも〔ソープなら吉原か堀の内〕と言われるくらいの〈大人の特選街〉として有名です。

横浜ビジネスタウン

横浜に入ると〈黄金町〉という「チョンの間」で知られた〈外国人風俗嬢専門街〉でしたが、ここ数年の神奈川県警らによる一斉摘発で巨大なピンクのネオン街が消滅しました。

横浜を過ぎると、〈神奈川県内の東京都〉と呼ばれる〈町田市〉を一部通過します。東京都町田市は、市域が神奈川県内に食い込んでいて神奈川県町田市と勘違いしている人さえいます。

この町田にも「チョンの間」といわれる〈青線〉地帯が小規模ながら残っていましたが、〈黄金町の掃討作戦〉の煽りで衰えたとか。

箱根越え、静岡三島の女郎街

こんな風な感じで、箱根までの東海道中は、赤線・青線地帯が続きます。

実は箱根を越え静岡に入っても、赤線地帯というか女郎街は続くんです。温泉風俗街と知られる伊豆の熱海や伊豆長岡はともかく、東京都内への新幹線通勤者のベッドタウンとなっている三島市も女郎街でした。

三島大社など観光名所も多いこの地域で生まれた「農兵節」という民謡があります。

けっこう有名な民謡ですが、この歌の中では「三島女郎衆は化粧が長い」といった歌詞があり、この市の中心地だった東海道の〈広小路通り〉に立ち並んでいた女郎屋のある風景を思い起こさせます。

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